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東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)2357号 決定

債権者

上野孝太郎

右訴訟代理人弁護士

神崎敬直

海部幸造

債務者

三菱重工業株式会社

右代表者代表取締役

飯田庸太郎

右訴訟代理人弁護士

植松宏嘉

主文

一  債務者は、債権者に対し、金二〇〇万円及び昭和六二年八月から昭和六三年一月まで毎月二〇日限り金二〇万円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申請を却下する。

三  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立

一  申請の趣旨

1  債権者が、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、金三一万九〇三二円を即時に仮に支払うとともに、同額の金員を昭和六一年一一月から本案判決確定に至るまで毎月二〇日限り仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請を却下する。

2  訴訟費用は債権者の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  債務者は、輸送機器の製造、販売等を営む株式会社であり、昭和三九年六月一日、当時の三菱日本重工業株式会社と新三菱重工業株式会社及び三菱造船株式会社とが合併して現在に至っているものであること、債権者は、昭和三七年四月に前記三菱日本重工業株式会社に期限の定めなく雇用され、前記会社合併後も債務者に引き続き雇用されていたことは当事者間に争いがない。

二  本件疎明資料によれば、債務者は、昭和六一年九月三〇日債務者の相模原製作所総務部長田邊隆二の口頭告知により、債権者に対し、懲戒解雇の意思表示(以下、「本件懲戒解雇」という。)をしたことが一応認められる。

なお、債権者は、同日田邊総務部長は債権者に解雇通告書を見せてはいるが解雇通告は行っておらず、懲戒解雇の意思表示があったのは同総務部勤労課長前田克彦が右解雇通告書を読み上げた同年一〇月一日であると主張し、(証拠略)(債権者作成の陳述書)には右主張に沿う記載があるが、本件疎明資料によれば、債務者は同年九月半ば過ぎ頃社内協議して債権者を懲戒解雇に処することを決定し、同月二九日懲戒委員会の了承を得、同月三〇日、相模原製作所長の決裁を経て、同日付けの解雇通告書を作成したうえで、田邊総務部長が債権者と面談するに至ったものであること、その後、同日中に前田勤労課長が右解雇通告書の交付と、予告手当の支給、賃金精算等の退職手続きを行おうとしたが、債権者がこれを拒否したため右交付及び退職手続きを終えるに至らなかったことが一応認められ、右経過に照らせば、右(証拠略)の記載は措信し難く、他に冒頭の認定を左右するに足る疎明もないので、債権者の主張は採用できない。

三  そこで、本件懲戒解雇の効力について判断する。

1  当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 債権者は、昭和四二年七月までは大田区下丸子所在の債務者の東京自動車製作所勤務、同年八月からは東京都千代田区丸の内所在の債務者本社勤務であったが、昭和五七年四月債権者が所属していた機械第二事業本部建設機械事業部建設機械第二部(以下、「建機第二部」という。)が前記本社から神奈川県相模原市田名三〇〇〇番地所在の相模原製作所内に移転し(右移転後、建機第二部は同年六月一日「量産品統括本部建機事業部建機第二部」と改称され、更に昭和五九年八月一日「同事業部相模原建機部」と改称された。以下、同事業部相模原建機部を「相模原建機部」という。)、債権者も相模原製作所まで通勤することとなった。

(二) 債権者は、前記東京自動車製作所や本社に勤務していた頃は、東京都練馬区栄町二七番地所在の父親の居宅(以下、「自宅」という。)に父親と二人で居住し、同所から通勤していた。しかし、建機第二部が右相模原製作所内に移転してからは、自宅から通勤するには同区江古田から中野駅まで路線バス、中野駅から八王子駅まで中央線、八王子駅から相模原駅まで横浜線、相模原駅から右相模原製作所まで同製作所の送迎バスと乗り継いで通勤時間に片道二時間以上かかるようになった。そこで右移転後しばらくしてから、債権者は相模原駅近くのビジネスホテルに泊まって通勤するようになったが、昭和五七年一一月二九日相模原市相模原四―六―三にアパートを借り、同年一二月一日からは同アパートから通勤するようになり、右アパートが取り壊されることになって、昭和六〇年一一月一日から同所五―五―一四所在のアパートを借り、以後本件懲戒解雇に至るまで右アパートから通勤していた。ただ、債権者の父親が心筋障害、脳血栓後遺症等により昭和五七年二月以降前記自宅近くの桜台病院に入院中のところ、債権者は独身であり、債権者の母親も既に死亡しているため、債権者が毎週金曜日から日曜日までは自宅に帰り、家の管理や父親の見舞いをしていた。

(三) ところで、相模原製作所では、交通費補助の制度があるが、これは原則として定期券を支給し、例外的に遠い地域のバス路線で旅行会社等の代理店を通じても同製作所で定期券を購入できない場合には現金を支給して本人が購入するものとされていた。債権者は、右のとおり昭和五七年一二月一日以降は相模原市内のアパートから通勤するようになったにも拘わらず、自宅から通勤するものとして債務者に通勤交通費補助を申請し、本件懲戒解雇に至るまで、中野駅から八王子駅経由で相模原駅までの間の定期券の現物支給及び江古田・中野駅間のバス定期代(三か月毎に三か月分一万五三九〇円)の現金支給を受けていた。

(四) また、相模原製作所では、昭和六〇年七月一日、それまで午前八時三〇分から午後五時三〇分までであった勤務時間が午前八時から午後五時までに変更されたのであるが、右勤務時間の変更により通勤が極めて困難になる者については、特別措置として、利用交通機関等の変更または独身寮・社宅への特例入居を認めることとし、これらの措置をもっても通勤困難と思われる者については過渡的措置として始業後三〇分以内につき勤怠は無事故扱い(責に帰すべからざる遅刻)とし、これにより生じる支障は各作業所単位で調整することとした。ただし、右過渡的措置の適用を受ける者の始業後三〇分間の賃金は控除するものとされたが、その代償措置として、通常、残業は始業後一時間までは一時間単位で行われるところを、右の者については午後五時から三〇分間の残業が認められた。なお、右過渡的措置は実施後一年限りとするが、個別事情により六か月経過時点毎に見直しを行いながら継続される余地も残されることとなった。そして、債権者は右通勤困難に伴う過渡的措置についても、前記自宅から通勤するものとしてその適用を申請し、本件懲戒解雇に至るまで午前八時三〇分までに出勤し、午後五時から三〇分間の残業も行っていた。

(五) 昭和六一年三月頃、神奈川県相模原警察署が行ったアパート等の居住者の確認調査中、債権者は前記相模原市内のアパート(取壊しにより移転後のもの)に同署員の訪問を受けて債務者の従業員であると答えたが、住民登録もなされておらず、また債務者には内密にしてほしい旨頼む等不審な点があったことから、同署は債務者に債権者の在籍確認照会をした。しかし、債権者は債務者に自宅を住所として申告しており、相模原市への転居を届け出ていなかったため、債務者は債権者が相模原市内に居住している事実を把握していなかった。

(六) なお、債権者は、日頃職場の同僚に対し、さしたる理由もなく執拗ににらみつけたり、体をぶつけたりすることが度々あり、また、労働組合の機関紙を債権者に配り忘れた者に「なぜ俺に配らない。この馬鹿者め。」といって頭を小突いたり、電動タイプライターを使用する者に「音がうるさいので他へ移せ。」と要求したり、隣席の女子社員を、書類がはみ出したとして咳ばらいしてにらみつけたり、隣席に書類を高く積むと「光りが入らず暗い。」と抗議する等したこともあった。

(七) また、債権者は昭和五〇年七月頃、しばらく、英字新聞から建設機械に関する記事を選んで切り抜き、翻訳する仕事を担当させられたが、極めて稚拙な翻訳しかせず、また、昭和五八年頃、販売会社とタイアップした関連商品販売の仕事を担当させられた際にも、詳細に指示を与えられても手取り足取りされなければ何も進まず、仕入れ元や販売会社との関係もうまく行かなかった。そして、債権者は職級も同期同学歴(大学卒業)の者より低く、成績考課も最低であったため、上司が意欲を喚起すべくアドバイスしたが、アドバイスを受けた上司に、見えないところから声に出さずに「馬鹿」といったり、新たに与えられた仕事を、自分のレベルでやるものではないとして女子社員に押し付ける等した。

なお、債務者は、債権者が就業時間中散歩をしたり食事をする等したとも主張するが、その疎明はない。

2  次に、本件疎明資料によれば、債務者の就業規則には、従業員に、「出勤常ならず、又は業務に著しく不熱心なとき」(第七二条二号)、「正当な理由なしに業務命令若しくは上長の指示に反抗し、又は職場の秩序をみだしたとき」(同条五号)、「会社の金品を許可なく持ち出し、又は窃取若しくは横領したとき、あるいはこれらの行為をしようとしたとき」(同条七号)、「会社の事業に関する虚偽の報道その他会社の信用を傷つけ、又は会社の名誉を毀損する行為をしたとき」(同条八号)、「その他前各号に準ずる程度の特に不都合な行為があったとき」(同条一五号)等の事由があるときは、その従業員を懲戒解雇に処する旨の規定があることが一応認められる。

3  そこで、前記1記載の各事実の右懲戒解雇事由への該当性について検討する。

(一) まず、前記1(三)記載の債権者の行為は、平常の通勤経路を偽り、債務者から金品を騙取するものであって、右就業規則第七二条七号に準ずるものとして、同条一五号に該当し、同(四)記載の行為は、通勤所要時間を偽り、一定時間内の遅刻を免責する特例的措置の適用を受けて、始業時間後の出勤を続けていたものであるから、同条二号の「出勤常ならず」に該当するものといえる。

なお、債権者は、債権者の住所はあくまで練馬区の自宅であって、相模原市のアパートは右自宅からの通勤が困難であるために設けた中継基地にすぎないことから、債権者は債務者に住所変更の届けをしなかったのであり、右各行為は正当なものであって、懲戒解雇事由たり得ないと主張する。しかしながら、通勤交通費補助の支給や通勤困難者の始業時間後の出勤を許容する特例的措置が、現になされる通勤に必要な交通機関や所要時間を前提とするものであることは当然であって、債権者の住所がいずれであれ、週のうち金曜日から日曜日まで帰るにすぎない右自宅から毎日通勤するものとして交通費補助の支給や右特別措置の適用を受けることが許されないものであることは明らかであり、右債権者の主張は採用できない。

(二) 次に、前記1(五)記載の債権者の行為について、債務者は同条八号に該当すると主張するが、未だ右行為によって債務者の信用が傷つけられ、または名誉が毀損されたものとまでいうことはできず、右行為が同号の懲戒解雇事由に該当するものということはできない。

(三) また、前記1(六)記載の債権者の行為につき、債務者は、同条五号のうちの「職場の秩序をみだしたとき」、または同条一五号に該当すると主張するのであるが、同記載の債権者の行為はいずれも些細なものであって、これが日常的に行われている点を考慮しても、未だ同条五号の「職場の秩序をみだしたとき」に該当するものとまでいうことはできず、また、これに準ずるものとして同条一五号に該当するものということもできない。

(四) 更に、前記1(七)記載の債権者の行為につき、債務者は同条二号のうちの「業務に著しく不熱心なとき」及び同条五号のうちの「正当な理由なしに業務命令若しくは上長の指示に反抗し」に該当するか、あるいは同条一五号に該当すると主張する。しかしながら、前記1(七)に認定された事実の限りでは、債権者は勤務成績が劣り、また、上司の指導や命令に従おうとしないとまではいえても、同条二号の「業務に著しく不熱心なとき」や同条五号の「正当な理由なしに業務命令若しくは上長の指示に反抗し」に該当する事由があるとまではいえず、また、これに準ずる同条一五号に該当する事由があるともいえない。

4  次に、本件懲戒解雇が懲戒権の濫用にあたるかにつき検討する。

本件疎明資料によれば、債務者の就業規則においては、懲戒解雇に該当する場合、情状により、減給、出勤停止または諭旨退職を選択することもできるものとされていることが一応認められる。

ところで、このように就業規則に何種類かの懲戒処分が定められている場合、どの処分を選択するかは使用者の裁量に任されているものというべきであるが、行使された懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量の範囲を逸脱したものと認められる場合には、当該懲戒処分は懲戒権の濫用として無効といわなければならない。

そこで、本件について考えるに、確かに、本件懲戒解雇事由たる前記1(三)及び(四)記載の各行為は、長期間にわたり債務者を欺罔して不正に利益を享受していたものであって、その態様は悪質であり、また、本件疎明資料によれば、前記(五)記載のとおり警察の照会により債権者の右各行為が債務者に発覚した後、債権者は前記田邊総務部長から昭和六一年六月二日から同年八月七日まで四回にわたり面談を受けて問い正されたに拘わらず、自分本位の主張を繰り返し、一向にその不正を改めようとしなかったことが一応認められ、反省の情も薄いといえ、その背信性には見過ごし難いものがある。

しかしながら、右各行為が債務者の企業秩序に及ぼした現実の侵害について考えると、前記1(三)記載の通勤交通費補助の受給は債務者に経済的損害を与え、また、前記1(四)記載の通勤困難者として過渡的措置の適用を受けて始業時間後の出勤を続けた行為は債務者に業務上の支障を与えたものとはいい得るものの、右いずれについても、制度的措置として行われていた通勤交通費補助や始業時間後の出勤の許容が、債権者の申告していた通勤経路や通勤所要時間が虚偽であることによって経済的損害あるいは業務上の支障として観念されることとなるにすぎず、債務者に生じた現実の経済的打撃あるいは業務阻害という点では軽微なものといわざるを得ない。加えて、前記のとおり、債権者の勤務期間は前記三菱日本重工業株式会社時代の期間も通算すれば二四年間(ただし、そのうち二年間は米国に留学している。)の長きにわたるものであり、本件疎明資料によれば、その間債権者には全く処分歴がないことが一応認められるのであって、このような事情に鑑みれば、仮に前記1(六)及び(七)記載の各事実を情状として加味するとしても、債権者に対し、最も重い処分たる懲戒解雇をもって臨むことは、企業秩序維持のための制裁としての懲戒処分の合理的範囲を超え、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量の範囲を逸脱するものといわざるを得ない。

したがって、本件懲戒処分は懲戒権の濫用にあたり、無効である。

三(ママ) 次に、債務者は、本件懲戒解雇が無効であるとしても、債務者は、本件懲戒解雇の際解雇予告手当を提供しており、また、本件懲戒解雇がなされた後、債務者の従業員により組織される労働組合から債権者に退職金を支払えないかとの交渉を受けて、諭旨退職としてこれに応じてよいとの意向を示しているのであるから、予備的に普通解雇の意思表示もしているものと解すべきである旨主張するので、この点について判断する。

確かに、本件疎明資料によれば、債務者が右に主張する事実を一応認めることができる。しかしながら、懲戒解雇事由がある場合には、概ね、解雇予告の除外事由たる労働基準法二〇条の「労働者の責に帰すべき事由」も認められるものの、右除外事由があるとして解雇予告手当を提供しないで即時解雇する場合には除外認定が必要であることから、懲戒解雇の場合にも、除外認定回避のために、解雇予告手当を提供することが多分に考えられるのであって、懲戒解雇の際に解雇予告手当が提供されたからといって直ちに予備的に普通解雇の意思表示があったものとすることはできない。また、本件疎明資料によれば、債務者においては、諭旨退職は、懲戒解雇に該当する場合に選択しうる処分として定められており、これを選択した場合、退職金は自己都合退職金の範囲内で事情詮議のうえ支給する旨定められていることが一応認められ、そうすると、右諭旨退職も懲戒処分の一種とされているものというべきであり、また、この場合に支給される退職金も減額が予定されているのであるから、本件懲戒解雇の後、諭旨退職の意向が示されたからといって、これが、右懲戒解雇の意思表示とあいまって、普通解雇の意思を表示したものと解されるべき余地はない。そして、他に予備的に普通解雇がなされたと解すべき事情も見当られ(ママ)ないから、右債務者の主張は採用できない。

四  また、債務者は、本件懲戒解雇が無効であっても、債権者には普通解雇事由があり、無効行為の転換により、右懲戒解雇の意思表示に普通解雇としての効力を認めるべきであると主張する。

しかしながら、懲戒解雇と普通解雇とでは、その根拠、要件及び法律効果がそれぞれ異なるのであり、懲戒解雇の意思表示に普通解雇の意思表示が当然に含まれているということはできず、また、解雇の意思表示のような単独行為について無効行為の転換を認めることは、相手方の地位を著しく不安定なものにするから適当ではなく、更に、実際上の見地からいっても、これを認めることになれば、安易に懲戒解雇が行われて就業規則に懲戒解雇事由を定める意味が半ば失われるおそれがある一方、これを認めなくとも、使用者は別個に普通解雇の意思表示をすればすむのであるから、懲戒解雇の普通解雇への転換は認めるべきでなく、右債務者の主張も採用できない。

五  次に、債権者の賃金請求権の金額及び支払時期について判断する。

まず、債務者が、本件懲戒解雇後、債権者の平均賃金として金三一万九三二〇円を解雇予告手当として供託したことは当事者間に争いがなく、右金三一万九三二〇円をもって債権者の賃金請求権の額とする債権者の主張は相当といえる。

そして、本件疎明資料によれば、債務者においては毎月一日から末日までの賃金を当月二〇日に支払うものとしていることが一応認められる。

六  以上のとおりであるから、本件申請にかかる仮処分は被保全権利の存在が認められるものといえるので、次に、保全の必要性につき判断することとする。

まず、申請の趣旨第2項の保全の必要性から検討する。本件疎明資料によれば、債権者は賃金を唯一の生計の手段とする労働者であることが一応認められるから、賃金支払の途絶は債権者の生活に深刻な影響を及ぼすものといえる。ただ、前記のとおり、債権者は独身であり(なお、債権者には入院中の父親がいるが、債権者が扶養していることの疎明はない。)、練馬区の自宅もあるのであるから、債権者の生計に必要な収入としては毎月二〇万円と考えるのが相当である。また、本件疎明資料によれば、債権者は日本英語教育協会の英語検定一級の資格を有していることが一応認められ、その資格を利用して収入を得る途がないではないことや、前記三及び四記載の債務者の主張からすれば、今後債務者が改めて普通解雇の意思表示をなし、新たな争点が生じてくることも十分に予想されること等の本件仮処分に関する事情の流動性に鑑みれば、本決定による賃金の仮払は、本決定後六か月までを限度とするのが相当である。したがって、申請の趣旨第2項の保全の必要性は、主文第1項記載の範囲で認められる。

次に、申請の趣旨第1項の保全の必要性についてであるが、地位保全仮処分で保全することのできる権利ないし利益は、原則として賃金請求権に限られているのであって、賃金仮払仮処分の他に地位保全仮処分がなされるべき必要性があるといい得るためには、これを必要とする特段の事情があることの疎明を要するものというべきところ、申請の趣旨第1項については、右特段の事情の疎明がないから、その保全の必要を認めることはできない。

七  よって、債権者の本件申請は、金二〇〇万円及び昭和六二年八月から昭和六三年一月まで毎月二〇日限り金二〇万円を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の申請は失当として却下すこととし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 川添利賢)

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